「南朝」の使い方、ほかの品詞の結びつき

日本語コロケーション辞典 テストバージョンです。
青空文庫 約12,000作品を対象に、品詞単位で分別し、ほかの品詞との結びつきを一覧で表示できます。
分析対象が50年以上前の作品であるため、用例にも古さを感じます。これを解決するため、今後新しい文章を追加、もしくは入れ替る予定です。
プログラムを用いて生成しているため、不適切なキーワードが含まれる場合があります。
ご了承ください。(これについても精度を上げていきます)
名詞

南朝[名詞] [絞込み: の~は~が~を~すべて ]
南朝に對する  南朝に属せしが  南朝と大覺寺との關係を申上げると  南朝と大覺寺といふやうな題に就て專門に研究も何も致して居りませぬ  南朝の書風を幾らか攻撃してゐる  南朝の方の書風と類似して居ります  南朝にある  南朝が正統であるといふことを明かにして居る  南朝といふやうなものと關係を持ちまして  南朝の忠臣開住西阿  南朝は落漠として悲風吹き荒び  南朝の頽勢は既に如何ともし  南朝の後亀山天皇が北朝の後小松天皇に神器を伝えて  南朝というべき  南朝の正系たる自天王を擁し  南朝の血をひく  南朝を正当化するには  南朝の血統たるのみならず  南朝へは心を傾けている  南朝が正統として書かれている  南朝に仕え  南朝に心をよせていた  南朝に降り  南朝に通じて  南朝へ降を申し入れた  南朝へ降った  南朝の天子に降るなどは  南朝の勅使も入京している  南朝からうけた  南朝の柱石とも見られていた  南朝から申しうけて  南朝に囚われていた  南朝の詩でも朗吟すれば  南朝の後裔を戴いた  南朝の夢を懐いて  南朝の忠臣名和長年で当てるといふ  南朝の抒情連作歌集と見ても  南朝の齊の時からして  南朝と北朝と分れて居つて  南朝にかけて歴代交通の記事が各時代の支那正史に載つて居る  南朝の方から與へる  南朝に交通して居つたので  南朝に忠節を尽くそうとして  南朝は北朝を指して  南朝を斥けて  南朝は地は島夷に屬して  南朝では王弼の註を採つた  南朝は孔安國の註を用ゐた  南朝は杜預の  南朝の皇孫が久しく拠りたまえる  南朝などと分れていた  南朝だからかもしれない  

~ 南朝[名詞]1
父祖は南朝の  もとは南朝の  中御門実寛だけが南朝に  主意は南朝と  來私は南朝と  尊圓法親王は南朝の  正統が南朝に  それで南朝が  所の南朝の  悶着している南朝の  悲報は南朝にとっては  それに比べれば南朝の  のが南朝  熊沢天皇が南朝の  自分で南朝の  民部も南朝へは  吉野に開かれた南朝の  後醍醐をうしなった南朝の  あともすすんで南朝に  後の南朝への  奔って南朝に  款を南朝に  親政を仰いで南朝の  吉野からは南朝の  皇室を見る南朝の  宣旨を南朝から  さきに南朝に  素志を喪う南朝  西軍が南朝の  私が南朝の  都を出た南朝には  當時支那は南朝と  沈約は南朝の  晉代より南朝にかけて  支那の南朝の  直接に南朝に  いずれも南朝に  北朝は南朝を  流行も南朝が  有田郡なども南朝の  北朝と南朝  

~ 南朝[名詞]2
特に南朝  啻に南朝  今や南朝  この南朝  遠い南朝  

複合名詞
南朝無二  南朝四百八十寺  南朝五十七年  宇多以下南朝系  南朝派  中ごろ以後南朝  南朝紀伝  当時後醍醐天皇初め南朝公家  南朝恢復  南朝自体  南朝忠臣  南朝北朝  南朝衆臣  南朝支持  南朝朝廷  南朝絶滅  南朝がた  南朝方  南朝年号  南朝側  いちど南朝  南朝軍  雨南朝  曰く南朝忠臣香坂高宗お山  葉集南朝  所謂南朝  南朝諸国  当時これら南朝  東晋以下南朝諸国  南朝時代  往事南朝感慨  



前後の言葉をピックアップ
ナンダ・コット  ナンチ  ナンチモン  南中  軟調  ナンテ  なんで  南庭  ナンテカット  ナンテル


動詞をランダムでピックアップ
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形容詞をランダムでピックアップ
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